道具として選ばれるいいドライヤー
『ドライ・ユー』プロジェクトについて

DRYYOU PROJECT

1.「ライト」はあまり知られていない?

 私は日本で最初にヘアドライヤーを量産販売した父を持っていた。そのブランド名は「ライト(LiGHT)」。だが学生の頃の私は、「LiGHT」はそれほど世間には浸透していないように思えた。友人などに「ライト」といっても、日本で最初のヘアドライヤーのブランドであることのみならず、それがドライヤーのブランドであることも余り知られていなかった気がした。
 当時それは「宣伝を余り積極的にしていないせいだろう」と考えていた。また、ドライヤーのパイオニアでありながら、ドライヤー以外の電気製品も手広くやっていたこともあり、「ドライヤーといえば『ライト』」とはなっていないのだな、と思っていた。ただ父は「ライトが日本初のヘアドライヤーだ」ということを自負していたので、それとのギャップを感じた。父を尊敬していたので、その頃から、そのギャップを埋めたいという気持ちがすでに根ざしていたのかも知れない。
 ただ子どもの頃からなんとなく「お前は事業を継げ」とはいわれて育ってきたが、我が家は家庭も複雑でいったいどうなることかわからなかった。だがやはりそれを意識してか大学では経営工学を専攻した。父から当時「30歳までは好きなことしてろ」といわれていたのと、大学4年間では得たものが物足りなかったこともあり、大学院と進んだ。大学院在学中には大学の学生相手に授業をしたり、下町の鞄の下請け工場で働いて生活費を稼いだ。その工場は家内制手工業の典型のような工場で、物作りの原点を学べたような気がしている。大学院修了後、大学で教員となる。ただ父の会社のことは気になっていた。
 一度約束したことだろうが、自分の都合で平気で変えてしまうのは父の特技であった。ただそれをやっても恨まれることがないのがすごい。いわゆる「カリスマ」性があった。その特技がこの時いかんなく発揮され、27歳の時に「仕事を手伝え」といわれ父の会社に入社する。

2.日本初のヘアドライヤーブランドが何をしている!?

 まずは営業に回される。販売の最先端に配属されたわけだった。そこで「ライト」ブランドの市場での扱いを思い知らされることになる。早い話が宣伝をしているメーカー、いわゆる「家電メーカー」のものと同じような機能のものを、家電メーカー品より安く提供する、そういった役割が「ライト」ブランドだったわけである。宣伝費がかからない分安く供給できるでしょ、というのがバイヤー側の考えであり、ブランド価値でなく値段で買う人たち用の商品だったわけである。そこには「日本初のヘアドライヤーブランド」の誇りも何もない。営業というのは本社の企画へ先端市場の意見を上げる、要はマーケティングのようなことも兼ねていたのだが、上げる意見といえば「家電メーカーの商品Aがいくらだから、うちはそのワンランク下の価格帯でないと売れない」だとか「A社と似たようなパッケージにしてその商品の横に置かせてもらえば、消費者が間違って手に取って買ってくれるかも知れない」といったような惨めな内容が多かった。「日本初のヘアドライヤーブランド」ということが友人たちに伝わっていないわけである。この時にかつて根ざしていた思いの芽が生えたような気がする、「日本初のヘアドライヤーブランドなんだから、いいドライヤーを作りたい。『ドライヤーといえばライト』と一般消費者からいわれたい」という思いである。
 やがて本社へ配属命令が来る。今度は製品企画、販促企画と生産を一遍にやらされることになる。
 そこで、開発部の社員と「いいドライヤー」について意見を聞いてみた。開発に携わるものだったら何か私を納得させてくれるものを持っていると考えたからである。だが返ってきた答えは「機能が多いものがいいという人もいればデザインがいいものがいいという人もいる。もちろん値段が安いのがいいという人だって大勢いますよ。そんなの一概に言えませんね」というものだった。きっと彼は「いいドライヤー」=「売れるドライヤー」と考えたんだと思う。それで納得しなかったところを見ると私の考えるいいドライヤーというものは、単に「売れるドライヤー」ではない、ということがわかる。また、彼がこういう答えを出すということは、会社としても「いいドライヤー」という方針が決まっていないのだな、ということも認識した。もしかしたら「いいドライヤー」なんて考えていなかったのかも知れない。

3.自分で考えるな

 私には私と同じ中高卒業でありながら、国立東京芸術大学という雲上の学校を出て今デザインをやっている親友がいる。私が販促企画にいたとき、相手にするのはそういったデザイナーたちであった(彼の会社には高くて注文は出せなかったが、個人的に仕事をしてくれたことはあるこだわりを持ったいい友人である)。その彼がアドバイスしてくれたことが後々活きてくることになる。彼からのアドバイスは、デザイナーにはしっかりイメージを伝えろ、それは商品の位置づけや販売戦略といった細かなことまで。但しデザインの具体的な例は出さない方がよい、と。よくクライアントが自分でデザインをして「ほら、こんな感じに」なんて見せることがあるそうである。それはデザインのプロの彼らのプライドを逆なでする行為、ってこともあるんだが、それ以上にその案を見せることによる先入観などが結果的に足を引っ張ることが多い、すなわちプロの創造力を活かし切れなくなってしまう、ということである。「餅は餅屋」であり、その時自分に植え付けられたその考えが、今の製品開発のアプローチへも流れている。それは当たり前のことではあるが、「ユーザーに聞く」である。私は毛が薄いから、というわけではないがあまりドライヤーを使わない。当時の社員たちも余り毛が多そうなタイプは少なかったし、といった冗談はともかく、メーカーのスタッフであれこれ考えるよりも、何がいいのかというのは「ユーザに聞く」方が早道なのである。

4.誰から聞くべきか~開発方針の決定

 「ユーザーに聞く」は決まったが、ではいったい「どんな」ユーザへ聞けばよいのか、ということが次のテーマである。ただ漠然と「消費者から」でよいか?それには「日本初のヘアドライヤーブランド」としてどうなりたいかを考える必要がある。ライトとして何を目指したいかというのは「ドライヤーといえば『ライト』」である。それを目指すには、製品が価格で勝負している場合、ビジネスとして成功しているかどうかはともかく、そうはならないことは明白である。つまりそれは道具としてみた場合、「逸品」という言葉に修飾されるような素晴らしいものを創りあげることであると考えた。またそれが「日本初のヘアドライヤーブランド」としての使命でもあると。ただしビジネスとしても成功しないと、道楽になってしまう。そこで「ライト」を冠するドライヤーを開発するにあたり、その目標を「道具として認められるいいドライヤーを開発する」「ビジネスとしても成功する」という2点を掲げた。その具体例としてスパナを挙げてみる。スパナはディスカウントストアに行けばサイズの違うもの7~8本セットで\1,980程度で売られているものである。ただし生産ラインや自動車修理工場など、プロはそんなものは使わず、KTCだとかSnapOnといった 一流品をディスカウントストアのそれの5~10倍する金額を支払って使う。そして一般の人々でも、道具にこだわっている人々は、たとえ価格が高くとも、それらメーカーを指名して購入し使用している。つまりKTCやSnapOnはプロに選ばれ、こだわる人に認められたメーカーで、ビジネスとしても成り立っているわけである。それはスピーカーでいえばJBL、ヘッドフォンならSennheiser、ピアノならばSteinway、レンズならばCarl Zeissといったところである。
 ではそれを目指すのに一般消費者から広く意見を聞くというのはどうか。それは今の我が社の限られた資源(人、物、金)も考えて得策かといえば、そうではない。 ここで自動車に目を向けてみた。自動車は移動するために使う道具である。その自動車を依りよいものにするために、よりよい仕組みを開発するために、自動車メーカーは何をしているかというと、レースであり、プロのドライバーがハンドルを握り、プロのメカニックがマシンの整備をし、優勝に向けてしのぎを削っている。レースは興業という面もあるが、自動車メーカーにとって色々な技術を試す舞台であり、その結果を量産車にフィードバックし、よりよい車を開発しているのである。では翻ってドライヤーでいうところのレースとは何か?を考えたときに、自ずと見えてくるのは、ドライヤーを使うことで生業を得ている人々、つまりそれはヘアサロンの先生方である、という結論に達した。そしてサロンの先生方から意見を聞いて、それを元にドライヤーを開発する、ということに方針が決定した。

こうして、「道具としてプロに認められるいいドライヤー『ドライ・ユー』プロジェクト」は進められることとなりました。
次は開発秘話を掲載する予定です。

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